Buenos Aires 8月9日(6)2010/08/23 22:15

カミニート(Caminito)
写真右奥へ続く道が「カミニート(Caminito)」。「小径」の名前通り本当に短い(笑)。

Buenos Aires 8月9日(5)2010/08/23 21:59

ぼうりょくだん?
スタジアムツアーの途中、別料金でピッチ内に入ってトロフィーを抱えた記念写真を撮ることができるのだが、ツアー出口でその写真を受け取るのであろう(写真が飾られている)カウンターに、なぜか「暴力団」の漢字が書かれていた。

意味不明なんだが、ひょっとすると「力=(漢字の)ちから」ではなく「カタカナのカ」で「暴カ=ボカ」と読ませるのではないだろうか?

Buenos Aires 8月9日(4)2010/08/23 21:49

マラドーナのブロンズ(?)像
ミュージアムにはマラドーナのブロンズ(?)像があり、見学者のほとんどがここで写真を撮っていた。

Buenos Aires 8月9日(3)2010/08/23 21:19

ボカ在籍時のマラドーナの写真
ミュージアムには、ボカ・ジュニアーズに在籍した選手の写真が貼られていて、マラドーナはすぐに見つけられたが、2001年に在籍した高原直泰を見つけることが出来なかった。

Buenos Aires 8月9日(2)2010/08/23 21:12

MUSEO DE LA PASION BOQUENSE
ラ・ボンボネーラ(La Bombonera)のミュージアム「MUSEO DE LA PASION BOQUENSE」の入口。

Buenos Aires 8月8日(5)2010/08/23 21:03

アルゼンチン空軍広場に聳え立つ英国塔

夕方、サン・マルティン広場を散策する。写真は、リベルタドール大通り(Av. del Libertador)を挟んで北側の「アルゼンチン空軍広場(Plaza Fuerza Aérea Argentina)に立つ、高さ70mの「英国塔(Torre de los Ingleses)」。1916年にアルゼンチン独立100周年を記念し、イギリス政府から寄贈されたもので、30分毎にロンドンのビッグベンと同じ音で時を告げる。

それで元々は「英国広場(Plaza Britania)」と呼ばれていたが、1982年のフォークランド紛争後に「アルゼンチン空軍広場」と改称され、紛争中にはかなりの部分が壊されたそうだ。

Buenos Aires 8月8日(4)2010/08/23 20:18

ブエノスアイレス市内観光オープン・バス
8月8日(日)朝、ホテル近くのサン・マルティン広場横に停車していた市内観光バス。「OPEN BUS CITY TOUR」と書かれているように、屋根がない。

帰国しました。2010/08/19 04:21

エセイサ国際空港 出発ターミナル(A)
一昨日(8/17)午後4時35分頃、関空に着陸し無事帰国しました。

現地時間で8/13(金)からブエノスアイレスのホテルでインターネットが繋がらなくなり、持ってきたノートPCや無線LAN子機の不調を疑ったが、ホテル1階ロビーのPC2台とも同じだったので全館不通になったと納得。

ブエノスアイレス旅行記は後日ゆっくりアップしようと思います。

現地時間8月15日(日)夜、カルロス・リバローラ氏にエセイサ国際空港まで送っていただいた。滞在中は本当に良くしていただき、感謝。

で、出国審査場の列に並んでいて、トラブルが。自分の前があと8人位になったところで、各ブースの旅券照合用PCがダウンした。(多分)サーバーの方が落ちたらしく、各ブースのクライアントPCは再起動を掛けてhpのロゴやWindows XPの初期画面(UserIDとPWの入力画面)などが見えたが、旅券照合システムのプログラムは一向に立ち上がらない様子。奥の方ではトランシーバで話していたり、職員らしき人の動きが激しくなったが、 ブースの職員(その多くが女性)はブースから出て他の職員とペチャクチャおしゃべりをしたり、中には出ていったと思ったら手にドリンクの入ったプラコップを持って戻ってきたり、緊張感はないし、放送でのアナウンスも一切なし。後ろは長蛇の列。

20数分後、ようやく復旧して出国審査場を通過。離陸時刻まで3時間近く余裕を持って空港に到着していたので良かったが、一時はどうなることかと思った。

Buenos Aires 8月11日(1)2010/08/12 20:27

Buenos AiresのAlfa Romeoディーラー、「Centro Milano」

8月11日は、タクシーでパレルモ公園内の日本庭園(Jardín Japonés、公式サイトhttp://www.jardinjapones.org.ar/)へ。入場料は8ペソ(1ペソ=約22円)。今上天皇・皇后両陛下が皇太子時代の1967年にアルゼンチンをご訪問された記念に造られたそうだ。ただ、海外の日本庭園は日本「風」庭園が多く、ここも日本庭園に日本的各種要素がごちゃ混ぜになっていて、それが面白い。季節は冬なのに、日本と気候が違うからなのか、ウメ・サクラ・ツツジ・タンポポ・ツバキが同時に咲いていた!

次に日本庭園から10数分歩いて、動物園(Zoo Buenos Aires、公式サイトhttp://www.zoobuenosaires.com.ar/)を見学。入園料22ペソ(爬虫類館・水族館・アシカショーなどは別料金になっていて、全部見られるパスポート券を購入)。入園して少し歩くと、アヒルや種類不明の水鳥、ヌートリアのような大きめのネズミと、それよりさらに大きいmarra(マラ、別名パタゴニアウサギ Patagonian Hare)がほぼ放し飼い状態(あまり遊歩道上まで出てこないが)で、エサをやれる。近くにエサを売る屋台があり、袋入りが8ペソ・プラスチック製容器入りが16ペソで、容器がお土産になりそうだったので(笑)容器入りを購入。中には2種類のエサが混ざっていて、クラッカー風のエサは大人気だったが、鯉のエサっぽい方は全く見向きもされず、池の鯉にやっても無視される始末。動物園の奥の方まで行って判ったが、そっちのエサはシカの仲間には大人気だった(笑)。

ライオン・トラ・カバ・サイ・キリン・ゾウ・チンパンジーなど、基本的な種類はおさえてあり、レッサーパンダやハイエナなんかもいた。南米の動物は豊富で、リャマ・アルパカ・ビクーニャ・グアナコ(この4つの区別は難しい)やコンドルなどがいた。

動物園を出たあとは、7~8分歩いてエビータ博物館(Museo Evita、公式サイト http://www.museoevita.org/)を見学。入場料は15ペソ。博物館の入っている建物は、彼女が設立したエヴァ・ペロン財団が母親や子供達のための宿泊所として使用していたもので、国の歴史記念物に指定されている。写真や当時の新聞記事、本人が着たドレスなどの遺品や、財団が行った慈善事業の内容などが展示してあった。

エビータ博物館の見学後5分ほど歩き、アルファロメオのディーラー「Centro Milano」へ。ショウルーム内にはMiTo、159、Brera、Spiderが展示されていた。出てきたお兄さんに4車種のパンフレットをもらった。

Buenos Aires 8月10日2010/08/12 08:20

Autodromoにて、VWのツーリングカー

8月10日は昼頃に奥さんの昔からの友人、アルド(エセイサ国際空港に着いたとき迎えにきて、ホテルまで送っていただいた)のオフィスまでタクシーで行き、そこから彼のクルマ(クライスラー・ネオン)で昼食に。「美味しいサンドウィッチの店がある」ということで、着いたのは港に近い所の「屋台」でした(笑)。そこでアルドの従弟とバッタリ会い(奥さんは会ったことがあるそう)、4人でサンドウィッチを食べることに。炭火で焼いた豚肉と目玉焼き、ハムを挟んだもので、確かに美味しかった。その後、従弟の案内(彼はシトロエンのC3に乗っている)で港の、観光客はおろか地元民でも行かないような場所を案内してくれた。

 アルドの従弟と別れた後、2月3日公園(Parque Tres de Febreso、通称パレルモ公園)を散策。それからブエノスアイレス郊外(かなり外れ)にある、かつて(1998年まで)F1のアルゼンチン・グランプリが開催されたオスカル・ガルベス・サーキット(Autodromo de Buenos Aires Oscar y Juan Galvez)へ行く。ラッキーなことに中に入れ、VWとFordのツーリングカー(?)2台の多分テスト走行している様子を見ることができた。その後、アルドのお母さんの家→彼の自宅→彼の妹の家とハシゴし(奥さんは全員知っていて、日本からの土産を渡していた)、それからホテルまで送っていただいた。